越境学習で不確実性を生き抜くための武器を得る
今回の「lotsful magazine」では、瀬川秀樹氏による漫画コラムの第2弾をお届けします(合計3回を予定)。瀬川氏は大手企業に32年勤務して米国での事業立ち上げなどを経験したのち、独立。現在は、新規事業のコンサルティングや若手育成などを行うCreable(クリエイブル)を設立し、「越境リーダーシップ」プロジェクトパートナーや「NEDO」などでメンター・ゲストスピーカーを務めるなど、多方面で活躍しています。
第1弾では、マクロな視点で捉える時代の潮流とキャリアの考え方についてのコラムをお届けしました。今回は第1弾の内容をふまえ、所属している企業・組織を離れて他の環境で学ぶ「越境学習」にフォーカス。「越境学習」に挑む際の心構えや、「越境学習」を実践してどのようなスキル・知見を得られるのかについてのコラムです。
自ら異動を申請して他の部署や関連会社に移って、「越境学習」で成長する…というのは格好いいですが、実際に異動することになった場合、「成長してやる」「学習するぞ」と意気込む前に「どうしよう」から始まってしまうケースも多いでしょう。
“それでいいのだ”(バカボンのパパ風)
どういうステップを踏んで、結果的には成長につながるのかを、私自身の経験を思い出しながらお話ししましょう。
Step1: 身ぐるみはがされる感じから
新しい環境に行くと、何をどうすればいいのかが分からないだけでなく、新しい上司からの指示の内容も深く理解できずにズレたことをやってしまって顰蹙(ひんしゅく)を買って落ち込んだりします。同じ部署に数年以上いると、無意識にそれなりのプライドや存在意義のようなものが身にまとわりついていたのが、すっかり身ぐるみはがされたような感じになってしまいます。新しい世界へ行くと肩書やそれまでの経歴は理解されないからです。
また、これまでの自分の専門性もそのままでは通用しないことが多い。つまり、せっかくここまでやってきたのに、何もできない赤ん坊に戻ってしまったような感じにさえなってしまいます。Step1として、まずは「それでいいのだ」です。リスタートやリボーンと捉えて、すっきりとした気持ちで「さあ、どうする?」と考えましょう。
Step2: 隙間を見つけて埋めてみる
「これまでの自分の専門性を堅持して強みにして、新しい環境下で活躍したい」と思うこと自体はいいことだし、大切なことです。ところが、その「専門性」や「強み」は、ある部門に長いこといると、狭くなってしまっていて、新たな部署ではそのままではあまり使い物にならないことが多いのです。
ある部署に長くいると、ジグソーパズルの一つのピースに自分がなってしまっていることが原因です。部署全体で一つの絵を作るために、部のメンバーもそれぞれ役割分担して、隙間なく、かつ、他のメンバーと重なりなく仕事をやっているうちに、「自分のピースの形」だけをやればいい状況になっているのです。
ところが、当たり前ですが、異動先の部署では、これまでの自分のピースの形で仕事が待っているわけではありません。ある意味隙間だらけのことも多いし、これまでの自分の仕事は他の人のピースが侵食しているかもしれません。
では、どうするか?
他の人と仕事が重なっている部分をなんとか自分のものにしようとするよりも、自分ができることで「隙間」を埋められる仕事を見つけて、やってみましょう。これまでやってきたことをほんの少し変えたり広げたりするだけで埋められる隙間も一杯あります。
そのためには、これまでの自分の仕事の範囲を少し広げたり、深めたりしなければなりません。「隙間」に気が付くことで、伸ばすべき領域を発見できます。異動先が元の部署より小さな会社や部署である場合は、特に「役割分担」がされ切れていない隙間が多くあります。例えば、経理の仕事を元の部署では数人で役割分担していて、自分は経費管理だけを行えばよかった人も、異動先では経理作業全般だけでなく、親会社との会計処理の統一に関する業務や、助成金の動向調査なども行わざるをえなくなったりします。「隙間」があり過ぎて大変ですが、そのおかげでイヤでも成長してしまいます。
このように、「自分ができること」はそれまで培ってきた自分の専門性を活用することがメインですが、実はそれ以外に、以前の部署では「みんなができる当たり前のこと(つまり自分の強みにはつながらないこと)」と思っていたことの中に、異動先の周りの人々から「おお、なるほど」「すごい」と感心されることが結構混じっています。異動先で見つけた「隙間」が、そういう「以前の部署では当たり前だったこと」をやれば埋められることも多いのです。
結構役立つのは、「仕事の進め方(プロセス)」です。ほんの些細なことでも、異動先で行われていないこと(隙間)にはとても役に立つことがあります。例えば、会議を始める時に、最初に「今日の会議で何を議論してどこまで結論を得ようとするのか」というアジェンダをちゃんと作るとか、同じく会議の終わりには「誰が何をいつまでにやるのか」を明確にしたAction Itemをちゃんと書きだすとか、問題解決の議論で参加者の話をホワイトボードで集合図や特性要因図(フィッシュボーン図)などで整理するとか。
当たり前のこれらのことが、人によってはとても重宝がられるケースがよくあります。そうやって、「当たり前のこと」で新しい部署の人々を助けていると、そこでの仕事の内容を深く理解できたり、自分自身の知見を広げることにつながったります。
Step3: 腰軽く、出しゃばる
Step2で既にその兆候がありますが、新天地でのStep3では「腰軽く、出しゃばり」ましょう。今までいた部署で無意識に体にまとわりついたものの一つが、「忖度力」。せっかくの新しい世界ですし、隙間が一杯あるのだから、自分の専門性から多少離れているところまで出しゃばってしまいましょう。
大企業の中ではどうしても一つのピースや歯車になりがちですが、異動先の組織では、若くても、肩書が大したことがなくても、経営の視点までも持って出しゃばれば、これまで持てなかった一段上の視点や全体像を獲得できたり、否が応でもリーダーシップが身に着いたりします。「そんなことしたら嫌がられるのでは」と心配すること自体が、無意識のうちに身についてしまった「忖度力」です。脱ぎ去るのにはとてもいい機会です。
Step4: どこに行っても、戻っても
異動先での経験は、「決まった仕事をちゃんとこなす」ことを越えて「自発的」に行いやすい(行わざるをえない)ので(だから『越境』?)、表面的なスキルだけでなく、血となり肉となります。その経験で鍛えられた体・精神・知見を持ってすれば、何年か後に、また別の組織に異動しても、大きな飛躍につなげていくことができるでしょう。もちろん、元の部署に戻ったとしても。
[おまけ…私の経験を少し紹介]
いろいろあって、30代後半でアメリカ・シリコンバレーの子会社に駐在した時は、自分では意識していなかったけれど、それなりに「こういうことができる」というプライドをまとっていた気がします。それが、そのプライドや経験が使えない「ベンチャーへの投資」という世界で、かつ、得意とは言えない英語の毎日で、まったくついていけず、本当に全て身ぐるみをはがされた赤ん坊に戻ったような気がしていました。最初の一年は、正直、かなり辛かったです。
他にも何度も部署や仕事内容が変わりました。その都度、「ここまでの話は無しね、はい、リセット」という感じになって大変でした。
それでも心の奥の方では平気だった理由は、考えてみると、もしかしたら小学校を2回転校(計3校)したことかもしれません。転校を重ねている内に、これまでの学校の友達と別れる辛さより、新しい友達に出会える期待感でワクワクするようになっていました。
社会人になって、結局1社に30年以上勤められたのは、実はその途中途中で(大体平均で5年毎くらいで)、職種が大きく変わり、社内転職を繰り返すような人生だったので、飽きずに済んだおかげだと思います。せっかくのサラリーマン人生、色々な経験ができるのが最大の魅力だと今も思っています。
漫画・コラム/瀬川 秀樹
元リコー研究開発本部・未来技術総合研究センター所長。
光ディスクの技術者、 光ディスク国際標準化委員会の日本代表団メンバーなどを経て、米国シリコンバレーにてベンチャーへの直接投資(CVC)や、新規事業の提案/立ち上げ/撤退に従事。 その後、リコーで技術戦略室長、新規事業開発センター副所長、未来技術総合研究センター所長などを歴任。インド農村部でのBOPプロジェクトも興し、リーダーを務めた。2014年9月に退職し、新規事業のコンサルティングや若手育成などを行うCreable(クリエイブル)を設立。「越境リーダーシップ」のプロジェクトパートナーや、新エネルギーや技術開発を推進する国立研究開発法人「NEDO」などでメンターやゲストスピーカーを務める一方で、4コマ漫画作家としても活動中(「オープンイノベーションあるある4コマ漫画コラム」など)。
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