副業社員の労働時間や健康管理のポイントは? -副業・兼業の促進に関するガイドライン解説
「副業元年」と呼ばれる2018年を契機に、政府が働き方改革の一環として副業・兼業を推進。その結果、さまざまな企業で副業・兼業が浸透しました。しかし、その一方で、企業の労働時間管理や健康管理など、副業・兼業を行う社員に対するマネジメントが必要とされています。そこで本記事では、労働時間の通算や割増賃金の支払い義務、管理モデルなど、企業が押さえておきたい管理のポイントを、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(※)などをもとに紹介します。
※「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は、安心して副業・兼業を行えるように、厚生労働省が作成したガイドライン。(平成30年1月策定、令和4年7月改定)https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf
社員の副業に関する労働時間と健康管理
副業・兼業を行う社員の管理項目として、大きく「労働時間」、「賃金」、「健康」の3つに分けることができます。前回の解説記事「企業は社員の副業を認めるべき?対応のポイントは? – 副業・兼業の促進に関するガイドライン解説」に引き続き、本記事も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」などをもとにしながら、副業・兼業に関する労働時間、賃金、健康を解説します。
労働時間の通算が必要となる場合
労働時間が通算される場合
労働基準法では、本業と副業で雇用主が別であっても、労働時間を通算して考える必要があります。副業を認めている企業の場合、この通算ルールによって労働時間を管理しなければなりません。しかし、副業の労働時間をどこまで企業が把握し、管理するのか。それが現実的に可能なのかといった議論を置いたまま、ルールが作られているのが現状です。
通算して適用される規定
本業と副業で雇用主が別であっても、労働時間を通算して考える必要があると述べました。さらに、時間外労働に関しても、単月100時間未満、複数月平均80時間以内で通算して管理しなければなりません。
通算されない規定
労働基準法が適用されないフリーランスや共同経営、コンサル、理事などは通算が適応されません。また、労働基準法が適用されるものの、労働時間の規制が適応されない、農業・畜産、監視・断続的労働者、高度プロフェッショナル制度なども適用されません。
副業・兼業の確認
確認方法
企業は社員からの申告などにより、副業・兼業の有無を確認します。また、どのような副業・兼業を行なっているのか、その確認事項も事前に設定しておくとヒアリングがスムーズです。
ですので、企業はあらかじめ、就労規則や労働契約時などに、副業・兼業の届出制の仕組みを設けておくとよいでしょう。これにより、社員が新たに副業・兼業を開始する場合、副業・兼業について確認を取ることができます。
確認事項
副業・兼業の確認事項については、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」により以下のように記載されています。
- 他の使用者の事業場の事業内容
- 他の使用者の事業場で労働者が従事する業務内容
- 労働時間通算の対象となるか否かの確認
また、労働時間通算の対象となる場合には、あわせて次の事項について確認し、社員との間で合意しておくことが望ましいとされています。
- 他の使用者との労働契約の締結日、期間
- 他の使用者の事業場での所定労働日、所定労働時間、始業・終業時刻
- 他の使用者の事業場での所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数
- 他の使用者の事業場における実労働時間等の報告の手続
- これらの事項について確認を行う頻度
労働時間の通算方法
基本の考え方
労働時間が通算されないと決められている業務以外は、本業と副業・兼業の労働時間は通算されます。確認は社員からの申告などにより把握します。通算したうえで、労働時間制度における法定労働時間を超える部分は時間外労働とします。
所定労働時間の通算
企業は本業と副業・兼業の労働時間を通算して、本業の法定労働時間を超える部分の有無を確認します。法定労働時間を超える場合は、「時間的に後から労働契約を締結した使用者」における労働時間が時間外労働となります。
所定外労働時間の通算
本業と副業・兼業の時間外労働の通算は、時間外労働が行われた順に計算します。本業と副業・兼業それぞれが、通算して時間外労働となる場合は、それぞれの 36 協定の延長時間の範囲内とする必要があります。また、企業側は時間外労働と休日労働の合計を単月100 時間未満、複数月平均 80 時間以内にするように、1ヶ月単位で労働時間を通算管理する必要があります。
時間外労働の割増賃金の取扱い
割増賃金の支払義務
本業と副業・兼業の合計労働時間が週40時間(1日8時間)の法定労働時間を超える場合は、原則、割増賃金の支払う必要が発生します。本業と副業・兼業のどちらの企業が割増賃金を支払う必要があるかについては、原則として後から労働契約をした企業になります。しかし、これはあくまで原則となるため、先に労働契約を結んでいた企業も、法定労働時間を超えていることを知りながら、労働時間を延長する場合には、割増賃金を支払う必要があります。
割増賃金率
時間外労働の割増賃金の率は、各企業の就業規則などで定めた率となります。なお、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」には、その率について以下のように記載されています。
「2割5分以上の率。ただし、所定外労働の発生順によって所定外労 働時間を通算して、自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間を超える部分が1ヵ月について 60 時間を超えた場合には、その超えた時間の労 働のうち自ら労働させた時間については、5割以上の率。」(副業・兼業の促進に関するガイドライン 13ページより抜粋)
労働時間の管理方法
労働時間を厳密に管理するためには、本業と副業・兼業それぞれの企業において、労働時間の申告や通算の対応が必要となります。これには多くの工数がかかってしまうため、国は「管理モデル」という、一定の条件を満たせば、本業と副業・兼業それぞれの企業がお互いの労働時間を把握しなくてよいルールを定めました。
管理モデルを導入するには、副業・兼業を行おうとする社員に対して、本業の企業が「管理モデル」の導入を打診し、社員を通じて副業先の企業が応じれば導入が可能となります。「管理モデル」導入の打診は、副業先の企業が行なっても問題はありません。
なお、管理モデルの適用条件は、「本業と副業・兼業の月の平均労働時間が80時間以内で、かつ、単月で100時間未満であること」とされています。また、それぞれの企業の36協定における延長時間の範囲内で、割増賃金を支払わなければ管理モデルが適用できません。
健康管理
企業は社員に対する、「安全配慮義務」があります。そのため、社員の健康管理に関して配慮する義務があります。たとえば、企業が社員の副業・兼業を知っていた場合、業務量が多くなっているようなら、それらを調整し体やメンタルへの負担を軽減するための配慮が求められます。
あまりにも副業・兼業の業務量が多ければ、社員に対して副業・兼業の制限を指示することも可能です。しかし、あくまで配慮義務であるため、企業が社員の健康管理をどこまで行うかは、さらなる議論が必要となるでしょう。
よくある質問
副業・兼業を行なっている社員に対して、企業がどのような対応をとるべきなのでしょうか?労働法務の専門家である荒井太一弁護士の監修のもと、多くの企業から寄せられる質問とその回答を紹介します。
荒井太一 氏
日本およびNY州弁護士。森・濱田松本法律事務所パートナー。2015-2016年厚生労働省労働基準局勤務を経て同事務所復帰。ビジネス法務全般・労働法のほか、ベンチャー支援を主要業務とする。2017年、テレワークや副業の促進のための課題を検討する厚生労働省「柔軟な働き方に関する検討会」委員に就任。著書も多数出版している。
質問1 『労働時間管理について。「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」とされていますが、副業・兼業先での労働時間が増えてしまった場合において、どのようなドラブル・リスクが想定されますか?また、企業は、従業員の副業・兼業先での労働時間を減らす・制限するといった対応はできますか?』
回答
大事なポイントとして、社員が副業・兼業を業務委託やフリーランスで行う場合は、労働時間に関して企業が管理する必要はありません。まず、その点を強調したいと思います。
次に、本業も副業・兼業も雇用契約を結んでいる場合は、雇用者が変わっても労働時間は通算するというのが行政の考え方ですが、学説上はそもそも雇用主が違うのであれば通算する義務はないとする説も有力で、まだどの考え方が正しいか、決着はついていません。
また、本業先が副業の労働時間をどのように管理するか、そもそも管理するべきかという問題もあります。労働時間の管理義務を定めた労働安全衛生法においては、あくまでも本業の労働時間を管理すればよいこととされており、副業の労働時間を管理する義務は規定されていません。また、労働者にしてみても業務時間後の行動は労働者の自由ですので、本業に伝える義務を課すとなればプライバシー侵害の問題が生じます(業務時間後の副業について本業に言いたくないという方がいても全く不思議ではないはずです。)。
企業は、社員の生活全般を支配しているわけではありません。業務時間後の社員に対して「自宅に帰ったら、テレビを観るのを禁止」と言えないように、「週末にアルバイトすることを禁止」とも企業は言えないのです。個人的な活動を、企業は制限できませんし、企業としてはそうした権利もないのだから責任も負わないと考えることがフェアです。
質問2 『副業・兼業の確認について。企業と従業員間でこの確認がなされておらず、従業員が隠れて副業・兼業に従事していた場合は、どのような対処すればよいでしょうか?』
回答
副業・兼業が発覚したことを理由として懲戒解雇になっても、本業に具体的な支障が生じていない限り裁判では無効になっています。競業避止や守秘義務違反など本業に著しい支障が出ていない限り一方的にやめさせることは難しいように思います。もちろん、話し合いによって解決することはあると思いますが、そうであれば事前にルールを決めておくことがよいように思います。
質問3 『所定外労働時間の把握について。副業・兼業先での所定外労働時間の把握は、どの程度のタイミングで行うのが適切なのでしょうか?また、副業・兼業先での所定外労働時間が法で定められる基準を超過した場合の対応方法についてもお聞かせください』
回答
正直に申し上げれば、本業として、社員の副業の労働時間を把握するメリットは全くないのではないでしょうか。企業が知らなければ、それはそれでいいと思います。
まず、本業が副業の労働時間を把握する義務は法令上規定されていません。逆に、具体的な副業の労働時間を知ってしまえば、(行政の立場によれば)労働時間を副業と本業で通算する必要が出てきます。
しかも、行政の立場でも、本業が副業の労働時間を知らない場合は通算しなくてよいと考えられています。実際に、企業が社員の副業・兼業を把握していなかった事例において、労働時間を通算しなくてもよいという裁判例もあります。
たとえば、それまで本業に黙って週末にアルバイトをしていた社員が、「実は週末は別の会社で副業をしているので、本業として副業の労働時間を通算して割増賃金を支払う義務がある」などと本業に伝えてきた場合の理不尽さを考えればある意味当然です。
また、企業が副業・兼業の所定外労働時間の把握をするのはかなり難しいでしょう。もしどうしても管理・把握をしたいのであれば、副業・兼業でどれだけ働くか、社員本人に申告させるしかありませんが、そこまで管理している企業は通常ないのではないでしょうか。
質問4 『簡便な労働時間管理の方法について、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では「管理モデル」が提示されていますが、同モデルの事例や具体的なケースがあれば、教えてください』
回答
「管理モデル」を検討している企業はありますが、実際に運用している企業はまだあまり例がありません。本業と副業・兼業の企業が話し合って管理方法を決めるのは、実現がなかなか難しいのではないでしょうか。
質問5 『健康管理について。従業員が副業・兼業先での仕事が起因によって健康を害してしまった場合の対処方法や考え方について、お聞かせください』
回答
健康管理はするべきでしょう。長時間労働になっていたら、産業医面談を実施するなどの対応が必要です。本業・副業に関係なく、労働安全衛生法の66条の定めで、ストレスチェックを行い、長時間労働があれば改善しなければなりません。
まとめ
副業・兼業に関わる、労働時間や健康管理のポイントについて解説してきました。
労働時間の通算や割増賃金などは、企業と社員のトラブルのもとになりやすい項目といえます。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」もあわせて確認しながら、トラブルを未然に防ぐことができるよう労働時間や健康管理についてしっかりと把握しておきましょう。
第3回目の解説記事は下記からご覧ください。