
インクルージョンとは?ダイバーシティとの違い、推進の背景から具体的な種類まで徹底解説
近年、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」という言葉が、企業の経営戦略や人事戦略において欠かせない概念となっています。多くの企業が「ダイバーシティ(多様性)」の確保、すなわち多様な人材の採用に力を入れていますが、それだけでは十分とはいえません。
真の組織力強化の鍵を握るのは、もう一方の概念である「インクルージョン(包摂)」です。多様な人材がただ存在するだけでなく、その能力や個性が組織の中で最大限に活かされている状態を、いかに実現するかが重要です。
本記事では、人事領域におけるインクルージョンの本質的な意味、なぜ現在これほど推進が求められているのかという背景、具体的な種類、そしてダイバーシティとの違いについて解説します。
人事におけるインクルージョンとは
人事領域におけるインクルージョンとは、組織に所属するすべての従業員が、その属性(性別、年齢、国籍、人種、障がいの有無、性的指向、価値観、経験、はたらき方など)に関わらず、組織から尊重され、受け入れられていると実感し、公平に参画できている状態、およびそれを実現するための組織的なプロセスや文化そのものを指します。
日本語では「包摂(ほうせつ)」と訳されますが、単に仲間外れにしないという消極的な意味にとどまりません。
従業員一人ひとりが自らの個性や能力、視点を隠すことなく安心して発揮できる環境であり、かつ、その個性が組織の意思決定や価値創造のプロセスに積極的に組み込まれている状態を目指す、能動的でポジティブな概念です。
「ただいる」状態から「活かされている」状態へ
インクルージョンの本質を理解するうえで重要なのは、組織への同化を求めない点です。従来の日本企業にありがちだった「会社のカラーに染まること」を強いるのではなく、むしろ「違い」を歓迎し、その違いを組織の力に変える発想が求められます。
従業員が「自分は受け入れられている」「貢献できている」と主観的に感じていることが、インクルージョンの達成度を測る重要な指標です。
制度が整っているという客観的な事実以上に、従業員の体感が重視されます。
心理的安全性との深い関係
インクルージョンを実現するための核となる要素が、「心理的安全性(Psychological Safety)」です。
心理的安全性とは、「組織やチームの中で自分の意見や懸念、あるいは失敗を率直に話しても、不利益を受けたり恥をかかされたり、キャリアに傷が付いたりしない」とメンバーが信じられる状態を指します。
インクルーシブな環境とは、心理的安全性が高く担保された環境です。従業員が「ありのままの自分でいても大丈夫だ」と感じられなければ、多様な人材を採用しても、その人々は主流派の意見に同調するか、あるいはリスクをおそれて沈黙してしまいます。
インクルージョンと心理的安全性は互いに補強し合う、切り離せない関係にあります。
インクルージョンとダイバーシティの違い
インクルージョンは、必ずと言ってよいほど「ダイバーシティ(Diversity:多様性)」とセットで語られます。この2つの概念は密接不可分ですが、その意味は明確に異なります。
- ダイバーシティ = 組織内に多様な属性や価値観を持つ人々が存在している状態
- インクルージョン = 多様な人々が互いを尊重し、その能力を活かし合うプロセスや文化
パーティの比喩
この違いを説明するうえで、D&Iコンサルタントであるヴァーナ・マイヤーズ氏による比喩は非常に分かりやすいものです。
「ダイバーシティは、パーティに『招待』されること。
インクルージョンは、パーティで『ダンスに誘われる』こと。」
この比喩はさらに発展させることができます。
パーティに招待されても(ダイバーシティ)、誰にも話しかけられず壁際で疎外感を覚えているだけでは意味がありません。誰かがダンスに誘ってくれ(インクルージョン)、一緒に踊り、会話を楽しむことで、初めてその人は「パーティの一員だ」と感じられます。
さらに言えば、自分が踊りたい音楽をリクエストできる状態こそが、真のインクルージョンだとも言えます。組織のルールや意思決定(流す音楽)に自分の意見が反映される実感があってこそ、人は主体的にその場へ貢献しようと思えるのです。
ダイバーシティだけでは機能しない
多くの企業が陥りがちなのは、ダイバーシティの達成、たとえば女性管理職比率や外国人従業員数の向上といった数値目標を達成したことで満足してしまうことです。
しかし、多様な人材を集めるだけでは、組織内に摩擦や対立を生むリスクすらあります。異なる価値観や背景を持つ人々が、インクルージョンという相互理解の仕組みや安全な土壌なしに集まれば、コミュニケーション不全や無理解によるコンフリクト(対立)が発生しやすくなるためです。
ダイバーシティという状態を、インクルージョンというプロセスを通じて、初めてイノベーションや生産性の向上といった組織の成果に結びつけることができます。これが、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を一体で推進する理由です。
DE&I、D&I&Bへの発展
近年、この概念はさらに進化しています。
DE&I(Equity:公平性)
全員に同じ機会を与える「平等(Equality)」とは区別されます。Equity(公平性)は、個々人が置かれた異なるスタート地点や状況(例:育児や介護の有無、障がいの特性など)を考慮し、それぞれに必要なサポートを提供することで、誰もが等しくスタートラインに立てるようにする考え方です。
D&I&B(Belonging:帰属意識)
インクルージョンがさらに深まった状態として、「ビロンギング(所属感)」が注目されています。これは、従業員が「ありのままの自分でいること」と「組織に深く所属している感覚」を同時に、かつ強く感じられる心理状態を指し、インクルージョンが目指す究極のゴールとも言えます。
インクルージョンが強力に推進される背景
なぜ今、これほどまでにインクルージョンが世界の経営アジェンダの中心となっているのでしょうか。その背景には、単なる人道的配慮を超えた、きわめて戦略的な理由が存在します。
背景①:イノベーション創出の必要性
VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と呼ばれる現代において、過去の成功体験は通用しません。市場のグローバル化や顧客ニーズの急速な多様化に対応し、企業が生き残り、成長し続けるためには、継続的なイノベーションの創出が欠かせません。
イノベーションは、異なる知識、経験、価値観がぶつかり合い、化学反応を起こすことで生まれます。
同質的な(モノカルチャーな)組織では、意見の対立が生まれにくく、既存の枠組みを超える新しい発想は出にくいものです。多様な人材が(ダイバーシティ)、心理的安全性の高い環境で(インクルージョン)、活発に意見を戦わせることこそが、イノベーションの源泉となります。
背景②:国内の労働力構造の変化(人材獲得競争)
日本国内に目を向ければ、少子高齢化による生産年齢人口の急減は待ったなしの課題です。従来の「日本人男性・正社員」を中心とした労働力モデルでは、企業活動を維持することすら困難になっています。
女性、高齢者、外国人、障がい者、LGBTQ+、さらには多様な価値観を持つ若年層(ミレニアル世代、Z世代)など、あらゆるバックグラウンドを持つ人材を惹きつけ、彼らに選ばれる企業にならなければ、深刻な人材不足に陥ります。
これら多様な人材が、自身のライフステージや価値観を犠牲にすることなく、安心して長くはたらき続けられる「インクルーシブな環境」の整備は、人材獲得競争を勝ち抜くための必須条件となっています。
背景③:ESG投資の拡大と人的資本経営への注目
投資家が企業の価値を測る尺度は、売上や利益といった財務情報だけではなくなりました。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組み、すなわち「ESG」が、企業の持続可能性を測る重要な指標となっています。
インクルージョンの推進は、この「S(社会)」の中核をなすテーマです。
従業員を尊重し、はたらきがいを高め、多様な人材が活躍できる企業は、生産性が高く、不祥事や離職といったリスクが低く、結果として持続的に成長する可能性が高いと評価されます。
この流れは「人的資本経営」としてさらに加速しており、2023年からは大手企業において人的資本に関する情報開示(例:女性管理職比率、男女間賃金格差など)が義務化されました。そのため、インクルージョンの推進は、投資家への説明責任という側面からも、待ったなしの経営課題となっているのです。
背景④:はたらく個人の価値観の変化
特にミレニアル世代やZ世代といった若い世代は、キャリアを選択するうえで、金銭的な報酬と同等、あるいはそれ以上に「自己成長」「社会貢献」「自分らしさの発揮」といった精神的な報酬やはたらきがいを重視する傾向が強いです。
彼らは、トップダウンで画一的な組織文化よりも、オープンで公平、かつインクルーシブな企業文化を明確に志向します。企業がこうした価値観に応えられない場合、優秀な若手人材から見限られ、採用市場で選ばれなくなってしまいます。
インクルージョンの主な種類・側面
インクルージョンは単一の概念ではなく、組織の様々な側面で同時に実現される必要があります。人事担当者は、自社の取り組みがどの側面にアプローチしているのかを意識することが重要です。
社会的インクルージョン(Social Inclusion)
組織内の「主流派」とされるグループだけでなく、マイノリティとされるグループに属する従業員も、疎外感を一切感じることなく、組織のあらゆる公式・非公式な活動に公平に参加できている状態を指します。
たとえば、特定の属性(例:喫煙者、男性のみ、特定の部門)だけで集まるランチや飲み会が常態化し、そこで重要な情報交換が行われていないか。また、社内イベントが特定の体力や価値観を持つ人だけが楽しめる内容になっていないか。こうした「無意識の排斥」をなくしていく取り組みです。
心理的インクルージョン(Psychological Inclusion)
前述の「心理的安全性」とほぼ同義であり、インクルージョンの基盤となる最も重要な側面です。
従業員が自分の専門性に基づく意見、素朴な疑問、あるいは経営方針に対する健全な懸念を表明した際に、それが理由で不利益な扱いを受けたり、キャリアに傷がついたり、人間関係から疎外されたりしないという強い信頼感がある状態です。
これが担保されて、初めて多様な意見が表面化し、活発な議論が生まれます。
構造的・制度的インクルージョン(Structural Inclusion)
企業の制度、システム、業務プロセス、ルールそのものが、特定のグループに無意識のうちに不利にはたらいていないかを問い直す側面です。
たとえば、
- 採用面接の評価基準に、評価者の「主観」や「自分と似ているか」といったバイアスが入り込む余地はないか。
- 昇進・昇格の要件が、長時間労働や転勤を前提としたものになっていないか(育児・介護中の従業員に不利になっていないか)。
- リモートワークやフレックスタイムなど、多様なライフスタイルを支える柔軟な勤務制度が整っているか。
- ハラスメント防止策や相談窓口が実質的に機能しているか。
これらは、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)を制度レベルで取り除き、「公平性(Equity)」を担保する取り組みです。
インクルーシブ・リーダーシップ(Inclusive Leadership)
インクルージョン推進の成否を分ける最大の鍵は、現場の管理職(リーダー)の行動変容です。
インクルーシブ・リーダーシップとは、多様なメンバー一人ひとりの違い(強み・弱み・価値観)を深く認識し、尊重し、その能力を最大限に引き出すためのリーダーシップスタイルを指します。
具体的には、以下のような行動が求められます。
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傾聴と共感 |
メンバーの話に真摯に耳を傾け、その立場や感情を理解しようと努める。 |
|---|---|
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発言の促進 |
会議などで発言が少ないメンバーに意図的に話を振り、異なる意見を引き出す。 |
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バイアスの自覚 |
自身の持つ無意識の偏見を自覚し、意思決定(評価やフィードバック)において公平性を保つ。 |
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勇気ある行動 |
組織内の排他的な言動や不公平なプロセスに対して、勇気を持って異議を唱え、是正する。 |
インクルージョンは組織の持続的成長を支える「土壌」である
本記事では、インクルージョンの本質的な定義から、ダイバーシティとの違い、推進される背景、そしてその具体的な側面に至るまで、詳細に解説してきました。
インクルージョンの推進は、もはや単なる「良いこと」や「流行り」ではなく、企業の存続と成長に直結する、不可逆な経営戦略です。
多様な人材(ダイバーシティ)という「種」をどれだけ多く集めても、インクルージョンという「豊かで安全な土壌」がなければ、その種は決して芽吹きません。芽吹かなければ、イノベーションや生産性向上という「果実」が実ることもありません。
すべての従業員が「自分はここで、ありのままの自分でいられる」「自分の能力が活かされている」と心から実感できる組織。そのようなインクルーシブな文化と環境を粘り強く構築していくことこそが、これからの不確実な時代を勝ち抜くための、最も確実で、最も人間的な戦略と言えるでしょう。
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今回は、企業のHR担当者が知っておきたい「インクルージョン」について情報をお届けしました。
インクルージョンとは、多様な個性を受け入れ、誰もが力を発揮できる組織文化を育てることです。
その実現には、制度設計だけでなく、現場での行動変化を促す取り組みが欠かせません。
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