
アウティングとは?「本人の同意なき暴露」の深刻なリスク。カミングアウトとの違い、具体例、企業の法的責任と防止策を徹底解説
近年、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進が企業経営の重要な柱となる中、SOGI(性的指向・性自認)に関する取り組みも進んでいます。しかし認識が深まる一方で、職場において「アウティング」という深刻な人権侵害行為が重大な問題として顕在化しています。
アウティングは、単なるうわさや配慮を欠いた言動では済みません。それは、従業員のプライバシーを根底から侵害し、心理的安全性を著しく損ない、時に個人の尊厳や生命にまで影響を及ぼすおそれがあります。2015年に発生した一橋大学におけるアウティング事件は、このリスクの深刻さを社会に知らしめるものでした。
人事労務を担当する者にとって、アウティングの定義とリスクを正しく理解し、断固たる防止策を講じることは、もはや「推奨」ではなく、法的責任を伴う「義務」であるといえます。
本記事では、アウティングの本質的な定義、「カミングアウト」との決定的な違い、職場で起こり得る具体例、および企業が講じるべき防止策について解説します。
アウティングとは?「本人の同意なき暴露」という権利侵害
アウティング(Outing)とは、ある人のSOGI(性的指向、性自認、性表現など)に関する個人情報を、本人の明確な同意(許可)を得ることなく、第三者に暴露する行為を指します。
SOGIは個人のアイデンティティの中核をなす、きわめて機微なプライバシー情報です。
- 性的指向(Sexual Orientation)
どの性に対して恋愛感情や性的魅力を抱くか(例:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、アセクシュアルなど)
- 性自認(Gender Identity)
自身が自身の性別をどのように認識しているか(例:トランスジェンダー、Xジェンダー、ノンバイナリーなど)
このような情報を、本人が「いつ」「誰に」「どのような形で」伝えるかは、本人のみが有する「自己決定権」であり、最大限尊重されるべきものです。
アウティングは、この自己決定権およびプライバシー権を一方的に侵害する、重大な権利侵害行為です。
アウティングとカミングアウトの決定的な違い
アウティングを理解するうえで、必ず対比されるのが「カミングアウト」です。この2つの行為は、結果としてSOGI情報が第三者に伝わる点で似通っているため、混同されがちです。しかし、本質は真逆です。
両者の決定的な違いは、ただ一点、「本人の同意と主体性があるか否か」にあります。
アウティング (Outing) : 他者による「暴露」
|
行為の主体 |
第三者(上司、同僚、友人、家族など) |
|---|---|
|
本人の同意 |
なし |
|
本質 |
本人の意図しない形で、プライバシー情報が勝手に「暴露」されること。 |
|
法的性質 |
プライバシー権の侵害、不法行為、ハラスメントとなる可能性がある。 |
|
心理的影響 |
抑えきれない恐怖、絶望感、人間不信、精神的苦痛。 |
カミングアウト (Coming Out) : 本人による「開示」
|
行為の主体 |
本人 |
|---|---|
|
本人の同意 |
あり |
|
本質 |
本人が自身のアイデンティティとして、自らの意思により「開示」すること。 |
|
法的性質 |
自己決定権の行使であり、表現の自由の一部。 |
|
心理的影響 |
不安や恐怖を伴う場合がある一方で、自己肯定感の向上や解放感につながる場合もある。 |
本人がリスクを考慮したうえで信頼できる相手を選び、勇気を持って「カミングアウト」するのに対し、アウティングはその信頼を裏切り、本人がコントロールできない場所で情報を拡散する行為です。
比較表:アウティング vs カミングアウト
| 観点 | アウティング(Outing) | カミングアウト(Coming Out) |
|---|---|---|
| 行為の主体 | 第三者 | 本人 |
| 本人の同意 | なし(無断) | あり(自発的) |
| 情報の性質 | プライバシーの侵害(暴露) | 自己決定による開示 |
| 法的リスク | 加害者は不法行為責任を負う可能性あり | なし(本人の権利) |
| 心理的影響 | 精神的苦痛、恐怖、信頼喪失 | 自己肯定、不安、解放など様々 |
職場におけるアウティングの具体例
職場におけるアウティングは、必ずしも悪意や嫌がらせ(ハラスメント)の意図のみで起こるものではありません。むしろ、良かれと思った行為や、不注意により発生するケースが非常に多いのが特徴です。
悪意のない「うっかり」「良かれと思って」型(最も危険)
これらは、当事者にハラスメントの認識がないため予防が難しく、最も発生しやすい形態です。
例1:善意の「配慮」による暴露
従業員Aさんが、上司Bにのみ「同性のパートナーと暮らしている」とカミングアウトした。
上司Bは、Aさんのはたらきやすさを配慮したつもりで、人事部Cさんや同僚Dさんに、「Aさんには同性のパートナーがいるから、飲み会などで配慮してほしい」と伝えてしまった。
(問題点::Aさんは上司Bだけを信頼したにもかかわらず、Bは許可なく他者へ暴露した。これは明確なアウティングです。)
例2:雑談の中での暴露
同僚Eさんが、Fさん(トランスジェンダー)の入社前の名前(デッドネーム)や、性別適合手術の事実を雑談の中で他の従業員に話してしまう。
例3:IT・システム上の不注意
人事担当者が、Gさん(トランスジェンダー)の通称名変更手続きに関するメールを、関係のないメーリングリストにBCCではなくCCで送信してしまい、Gさんの事情が広く知れ渡る事態となってしまった。
悪意・ハラスメントを伴うアウティング
これらは「SOGIハラスメント」そのものであり、明確に懲戒処分の対象となります。
例4:脅し、からかい
上司が部下に対し、「言うことを聞かないと、お前がゲイであることを家族や取引先にばらす」と脅す。
例5:SNSでの暴露
同僚が本人の許可なく、LGBTQ+関連のイベントに参加している写真をSNSに投稿し、本人のアカウントをタグ付けする。
例6:本人不在の場でのうわさ話
「あの人、本当は女(男)らしいよ」と、本人がいない場所でSOGIに関するうわさ話(憶測を含む)をする。
なぜアウティングは深刻な問題になるのか?
アウティングが「知らなかった」では済まされないのは、それが被害者に与える影響が甚大であり、企業に法的、経営的なリスクをもたらすためです。
深刻な精神的苦痛と「命」に関わるリスク
SOGIに関する情報は、本人が相手を信頼できる「アライ」(※)であるか慎重に判断したうえで、細心の注意を払って開示するものです。アウティングは、この信頼関係を破壊し、「いつ、どこで、誰が自分の情報を知っているのか分からない」という極度の不安と恐怖状態に本人を陥れます。
その結果、深刻な精神的苦痛(うつ病、不安障害、PTSD)を引き起こすだけでなく、社会的孤立や家族・友人との関係破綻につながる場合もあります。
※アライ(ALLY):英語で支援者、支持者を意味し、LGBTQ+について理解や支援する考え方やその意思を持つ人を指す言葉。
職場の心理的安全性の完全な崩壊
アウティングが一件でも発生した職場では、被害者本人だけでなく、周囲の従業員(特に他のLGBTQ+当事者や、その事実を知ったアライの従業員)にも深刻な影響が及びます。
| 被害者本人 | 会社や同僚を一切信頼できなくなり、休職や退職に追い込まれる。 |
|---|---|
| 周囲の従業員 | 「この会社は個人のプライバシーを守らない」「ここでは本音を言えない」と感じることで、心理的安全性が完全に崩壊する。 |
| 結果 |
組織全体のエンゲージメントが低下し、優秀な人材が離職し、対話やイノベーションが生まれない不健全な職場となります。 |
企業の法的責任(不法行為・安全配慮義務)
アウティングは、企業に明確な法的責任を生じさせます。
1.不法行為責任(民法709条)※1
アウティングは、個人のプライバシー権という憲法上の権利を侵害する不法行為です。加害者本人だけでなく、企業も使用者責任(民法715条)を問われ、損害賠償義務を負う可能性があります。
2.安全配慮義務違反(労働契約法5条)※2
企業には、従業員が心身の安全を確保しつつはたらけるよう配慮する義務(安全配慮義務)があります。アウティングという深刻なハラスメントを認識しながら放置したり、防止策を怠ったりすることは、この義務に違反します。
3.パワーハラスメント防止法(労働施策総合推進法)※3
2020年から順次施行されたパワーハラスメント防止法では、パワハラの類型の一つとして「個の侵害」を挙げています。アウティングは、この「個の侵害(プライバシー侵害)」型のパワハラに該当します。企業は、この法律に基づき、アウティングを含むハラスメントの防止措置を講じる法的義務を負っています。
※1 出典:e-GOV法令検索「民法」
※2 出典:厚生労働省「労働契約法のあらまし」
※3 出典:e-GOV法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」
企業が取るべき具体的対策とアウティング防止策
アウティングは「個人の意識」の問題であると同時に、「組織の仕組み」の問題です。
企業は、以下の対策を体系的に講じる責務があります。
経営トップによるSOGIハラスメント禁止の明確な方針宣言
すべての基盤は「経営トップの意思」です。
トップメッセージの発信
「我が社は、性的指向や性自認(SOGI)に関する差別・ハラスメント、そしてアウティングを一切容認しない」という毅然とした姿勢を、経営トップが社内外に明確に発信します。
就業規則への明記
これは最も重要です。 就業規則の「ハラスメントの禁止」規定に、「性的指向・性自認(SOGI)に関するハラスメント」および「本人の同意なくSOGIを暴露する行為(アウティング)」を明確に禁止事項として追加し、これらが懲戒処分の対象となることを全従業員に周知します。
管理職・全従業員への徹底した研修
「知らなかった」「悪気はなかった」を防ぐためには、継続的な教育が不可欠です。
研修の義務化
年に一度のコンプライアンス研修などに、「SOGIとアウティング」の項目を必ず組み込みます。特に、部下の情報に接する機会の多い管理職には、より詳細な研修を義務化します。
研修の内容
- SOGIの基礎知識(「LGBTQ+とは何か」から)
- アウティングとカミングアウトの明確な違い(「同意」の重要性)
- 法的リスクと過去の重大な事件(例:一橋大学の事件など)
- 職場で起こり得る具体例(「良かれと思って」型のリスク)
- 「アライ(Ally=支援者)」としての正しい行動
相談窓口の整備と「情報の取り扱い」の厳格化
当事者が安心して相談できるセーフティネットの構築が求められます。
信頼できる窓口の設置
社内の人事・コンプライアンス部門だけでなく、プライバシーが厳守される外部の専門機関(弁護士、専門カウンセラー)とも提携し、相談窓口を設置・周知します。
情報の取り扱いプロトコルの策定
人事部門は、アウティングの「加害者」にも「被害者」にもなり得る、最も注意すべき部署です。
従業員からSOGIに関する相談(カミングアウト)を受けた際の、情報取り扱いマニュアルを厳格に定めます。
- 鉄則:「本人の明確な同意なしに、得た情報を一切共有しない」
- 善意であっても、本人の許可なく「上司に共有しておくよ」は絶対NGです。
カミングアウトを受けた時の「正しい対応」の標準化
特に管理職には、部下からカミングアウトという重い信頼を寄せられた場合の「正しい受け止め方」を教育する必要があります。
カミングアウトを受けた時の4ステップ
|
1.感謝 |
|
|---|---|
| 2.秘密厳守の約束 |
|
| 3.範囲と意図の確認 (最も重要) |
|
| 4.サポートの申し出 |
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絶対NGな対応
反対に、下記はカミングアウトを受けた際に絶対に避けるべき対応です。
従業員が「悪気なく」「良かれと思って」無意識の加害者になってしまわないよう、正しい受け止め方とあわせて浸透させていくことが大切です。
- 驚く、動揺する、否定する。(「まさか」「気のせいじゃないか」)
- 詮索する。(「いつから?」「パートナーはいるの?」)
- 軽々しく同調する、一般論化する。(「最近多いよね」「大丈夫だよ」)
- 勝手に動く。(「わかった、俺がみんなに言っておいてやる!」)
アウティング防止は、信頼と安全の基盤づくり
アウティングは、「知らなかった」では済まされない、個人の尊厳を踏みにじる深刻なハラスメント行為です。それは、本人の同意なくプライバシーを暴露するという点でカミングアウトとは真逆の行為であり、職場の心理的安全性を根底から破壊し、企業に深刻な法的・経営的リスクをもたらします。
アウティングの防止は、単なるSOGIに関する知識の問題ではなく、「個人の情報を、本人の意思に反して扱わない」という、人権とコンプライアンスの根幹に関わる問題です。
企業として「アウティングは許さない」という明確な方針を掲げ、就業規則に定め、全従業員(特に管理職)に正しい知識と対応を徹底的に教育すること。そして、万が一相談があった場合には、本人のプライバシーと自己決定権を最大限に尊重し、情報を厳格に取り扱うことが重要です。
この地道で誠実な取り組みこそが、アウティングという深刻なリスクから従業員と会社を守り、誰もが安心してはたらける、真にインクルーシブな職場環境を実現するための唯一の道です。
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今回は、企業のHR担当者が知っておきたい情報をお届けしました。アウティング防止など、多様な人材が安心してはたらくための環境整備は非常に重要な課題です。
アウティングは従業員の尊厳を大きく損ない、重大なリスクを引き起こす行為です。企業として正しい理解を持ち、防止策を組織全体で共有することが、安心してはたらける職場環境につながります。
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