企業は社員の副業を認めるべき?対応のポイントは? -副業・兼業の促進に関するガイドライン解説
2018年は「副業元年」と呼ばれ、政府が働き方改革の一環として副業・兼業を推進しました。それにあわせて、さまざまな企業が副業・兼業を解禁。それから数年が経ち、現状ではどのような対応が必要とされているのかについて「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(※)をもとに解説。
また、副業・兼業のメリット・デメリットや、労働者側と企業側の対応のポイントや留意点をそれぞれの視点で紹介していきます。
※「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は、安心して副業・兼業を行えるように、厚生労働省が作成したガイドライン。(平成30年1月策定、令和4年7月改定)
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf
副業・兼業の現状
先にも述べたように、政府が働き方改革の一環として副業・兼業を推進してきたため、2018年頃より急速に広がっていきました。また、コロナ禍がきっかけとしたリモートワークの定着により、今までになかった自由な働き方が可能になった点も、副業・兼業が増えた理由といえるでしょう。
さらに、先行きが不透明な「VUCA」と呼ばれる時代となり、ビジネスパーソンが個々のスキル・能力、収入を高めるために副業・兼業に取り組む事例も増加しています。
副業・兼業のメリットと留意点(労働者側)
次に、労働者側・企業側それぞれの視点で、副業・兼業に関するメリットと留意点を解説していきます。
メリット
副業・兼業の第一のメリットは、収入面が挙げられます。本業以外の収入を得ることで、年収を増やすことができます。また、普段の業務では経験できないこと、出会えなかった人と関われるようになる点もメリットに挙げられます。新たな経験や出会いを通して、スキルの向上はもちろん、これまでとは違う視点で仕事と向き合うことができるでしょう。
留意点
副業・兼業によって多くの収入を得た場合は、確定申告を行う必要が出てきますので、事前に申請方法などを確認しておく必要があります。また、副業・兼業を行う際にはトラブルを防ぐため、自社で定められたルールを事前にチェックしておくことが重要です。
副業・兼業のメリットと留意点(企業側)
メリット
社員が副業・兼業によってさらに成長できれば、よりクオリティの高いアウトプットが期待できます。副業・兼業を通して異業界の知見を身につけ、それらを本業にも応用することにより、新たなアイデアが生まれる可能性があります。また、他社での業務を経験できたからこそ、ビジネスを俯瞰して見られるようになったり、経営視点で業務に取り組めるといったことも期待できるでしょう。
留意点
副業・兼業が原因で、社員とのトラブルが発生するリスクがあります。副業・兼業によって本業がおろそかにならないように、また、企業に対して不利益になるような行動を起こさないように、事前にルールを決めておくことが必要でしょう。
企業側の対応のポイント
ここからは、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」に記載されている、企業側の対応のポイントについて解説します。今回は、「安全配慮義務」・「機密保持義務」・「競業避止義務」・「誠実義務」・「副業・兼業の禁止又は制限」の5つの項目について見ていきます。
安全配慮義務
企業側は労働者が、本業も副業も安全に労働できるように配慮しなければなりません。たとえば、本業と副業の業務量のバランスを考慮して、社員が疲労で健康を損なわないように、安全配慮義務を尽くさなければなりません。
機密保持義務
副業・兼業などに関係なく、社員が社外秘の情報等を持ち出してトラブルに発展することは珍しくありません。ライバル会社に転職する際に、在籍していた企業の営業資料を持ち出し、逮捕されるといったケースもあります。副業でもそうしたトラブルを防ぐため、社員が本業で知り得た情報は社外に持ち出せないように、PCのログを管理するなど対策を立てる必要があります。
競業避止義務
社員が副業・兼業を行う場合、企業は「自らの正当な利益が侵害される場合」にのみ、副業を制限することができます。そのため、自社の正当な利益を害する可能性がある、競業企業での副業を就業規則などで禁止することができます。
誠実義務
社員が副業・兼業を行う際に、本業の会社名を名乗りながら営業活動をすることや、反社会的勢力に関連する企業や、犯罪行為に加担するような業務を禁止することができます。「誠実義務」の言葉通り、社員が誠実に副業に関わっているのか、企業側は社員が副業の届出をした際に、確認する必要があります。
副業・兼業の禁止又は制限
機密保持義務や競業避止義務、誠実義務に社員が違反していると判明したら、企業側は副業を禁止・制限することができます。また、トラブルを事前に防ぐために、就業規則などに副業に関するルールを明記しておくことも必要になるでしょう。副業・兼業を行う大前提として、本業に対して不利益を被らないという、当たり前のことを社員に徹底周知することも有効な手段です。
労働者側で注意すべきポイント
副業・兼業をはじめてみようと考えている労働者側にも、注意すべきポイントがいくつかあります。ここでは、「自社ルールの確認」・「自身の健康管理」・「確定申告」の3点を解説します。
自社ルールの確認
副業・兼業に関するさまざまなルールが、自社に設けられている場合があります。副業・兼業を行う際には、そうしたルールを事前に確認した方が、トラブルを防ぐことができます。副業・兼業に関するルールは、就業規則などに記載されていますので、人事などに問い合わせて確認しましょう。いきなり人事に相談することに抵抗がある人は、社内で副業を行なっている社員に相談するのもひとつの方法かもしれません。
自身の健康管理
副業・兼業を行なっている場合、本業との業務のバランスが難しいタイミングがあります。同じような時期に、本業も副業も重要な仕事が入ってしまい、どちらも繁忙期に突入してしまう可能性もあります。そうした場合に、休憩時間や睡眠時間を削るなどして対応してしまうと、体だけでなく、メンタルにも不調をきたすリスクがあります。まずは健康を第一に考え、本業と副業の業務バランスを検討しましょう。
確定申告
副業・兼業の収入・所得が年間で20万円を超える場合は、確定申告が必要です。20万円以下でも、確定申告が必要なケースがありますので、事前にチェックしてください。参考として、2021年度の確定申告のスケジュールは、2月16日(水)から3月15日(火)でした。近年はコロナの影響や確定申告のシステムトラブルで、締切が延長になるケースもありましたが、毎年ほぼこの日程で進められています。確定申告に関しては、オンラインや郵送でも申請ができますので、自身に合った方法で行いましょう。
よくある質問
副業・兼業を行なっている社員に対して、企業がどのような対応をとるべきなのでしょうか?
労働法務の専門家である荒井太一弁護士の監修のもと、多くの企業から寄せられる質問とその回答を紹介します。
荒井太一 氏
日本およびNY州弁護士。森・濱田松本法律事務所パートナー。2015-2016年厚生労働省労働基準局勤務を経て同事務所復帰。ビジネス法務全般・労働法のほか、ベンチャー支援を主要業務とする。2017年、テレワークや副業の促進のための課題を検討する厚生労働省「柔軟な働き方に関する検討会」委員に就任。著書も多数出版している。
質問1 『安全配慮義務についての質問です。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」には、企業は「副業・兼業の状況の報告等について労働者と話し合っておくこと」といった記載がありますが、具体的にどのような配慮をするべきですか?』
回答
社員が過剰な業務量にならないように、企業は配慮する義務があります。ただし、本業以外の副業・兼業に関しても、企業が配慮する義務があるのかという疑問はあります。
副業・兼業はプライベートの時間で行います。副業・兼業をすることは、社員が“夜8時間寝た”、“3時間ゲームをやった”ということと同様なので、基本的には企業が配慮する義務がありません(逆に言えば、指図する権利もありません。)。企業は社員の健康全般に責任を持たなければならないと思われていますが、実はそうとは言いきれないのです。
副業・兼業をしている社員に対して、まずは法令上に定められた健康診断等の一般的な義務を履行すること、そして、社員が明らかに具合が悪そうにしているような場合には具体的な業務の軽減措置等をとる必要がありますが、いずれも副業・兼業をおこなっているか否かに関係なく生じる義務の範囲で対応が求められるのみです。
質問2 『安全配慮義務についての質問です。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」には、「労働者の健康状態に問題が認められた場合には適切な措置を講ずること」とありますが、具体的にはどのような措置をとればよいですか?』
回答
たとえば、明らかに不健康そう、具合が悪そうな社員が出社してきたら、仕事をしないように配慮しなければなりません。発熱している人に対して業務指示を避けるといった、配慮を行います。
これは副業・兼業を行なっているからということに関わらず、現に社員の疾病が危険な状態にあるのであれば、業務について具体的な配慮を行う義務が生じるという例外的な対応になります。
質問3 「秘密保持義務についての質問です。業務上の秘密が漏洩してしまったケース・判例などを通して、この義務を守れなかった場合、具体的にどのようなリスクが企業側にあるのでしょうか。また、それを防ぐための有効な手段・施策などあれば教えてください」
回答
副業・兼業だけでなく、転職前に自社の機密情報を持ち出すといったケースは珍しくありません。そのため、機密保持に関しては、企業防衛の観点からも力を入れるべきです。
もし顧客リストを社員が持ち出されたら、企業にも責任が生じます。持ち出されないようにするためには、社内システムから大量のダウンロードなどの異変があればログをとっておく、社内のIT部門にアラートがいくなどの対策を講じましょう。
副業・兼業でいうと、社員の副業先が競合に当たらないか確認する必要があります。また、そうした競業での副業を禁止することも方法のひとつですし、かかる副業の禁止は合理的なものとして認められています。
質問4 『誠実義務についての質問です。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」には「副業・兼業の届出等の際に、誠実に行動するための確認をすること」といった趣旨の記載がありますが、具体的にはどのようにチェックすればよいのでしょうか?』
回答
これは包括的・抽象的な義務となります。例を挙げれば、社員が自社の名誉を毀損していないか、チェックするといったことでしょうか。
よくあるのが、本業の社名を使って、副業で営業をしてしまうといった事例です。「●●銀行の社員ですので、安心してくださいね」と看板を借りているように見せかける。他にも、本業を休業しておきながら、副業をしているといった、信頼関係を失うようなことをしないのが、誠実義務になります。そうしたことをチェックする必要があります。
質問5 『副業・兼業の禁止又は制限に関する質問です。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」に記載されている事項に関して、それを労働者が破った場合、企業はどのように対応すればよいのでしょうか?』
回答
方法はいろいろありますが、スタンダードなのはまずは「副業をやめなさい」と注意することです。
もし従わなければ、解雇といった事態もありえます。特に、社員の副業先が競合企業ならば、すぐに禁止させるなどの対応が必要です。社員が副業・兼業が原因で企業に大きな損害を与えた場合は、損害賠償請求や裁判なども検討しなければならないでしょう。
まとめ
社員が副業・兼業を行う場合に、企業が把握しておくべきポイントを解説していきました。安全配慮義務など、企業が果たすべき責任が多く「副業・兼業の促進に関するガイドライン」に記載されていますが、機密保持義務や競業避止義務など、社員が守るべきことも多くあります。まだ副業・兼業のルールが定まっていない企業であれば、まずはそうしたポイントを押さえるようにしましょう。
第2回目の解説記事は下記からご覧ください。
副業社員の労働時間や健康管理のポイントは? -副業・兼業の促進に関するガイドライン解説