【セミナーレポート】『「事業を創る人」の大研究』著者・田中氏がモデレート!イーデザイン損保の事例で読み解く、新規事業を成功に導くための人材・組織作り
新型コロナウイルス感染拡大によって生活様式が変化し、今年になってウクライナ危機が勃発。近年、世界規模で大きな変化が起こり、まさに未来の予測が困難な「VUCA(ブーカ)」時代が到来しています。
そのような時代を生き抜いていくために、多くの企業は新規事業に積極的に取り組むようになりました。しかし、新たな事業を成功に導く、イノベーティブな人材や組織は育っているのでしょうか――。
4/14にlotsfulが主催したオンラインセミナー「VUCA時代を生き抜く!事業を生み出し続ける人材・組織とは」では、『「事業を創る人」の大研究』などの著者である立教大学経営学部助教の田中聡氏がモデレーターとなり、新規事業創出には何が必要なのか、そしてどのように人材を活用していくべきかについて、トークセッションを行いました。
スピーカーには、2021年に発足した「イーデザイン共創スタジオ(eCs)」で副業人材と新規事業立ち上げを推進している、イーデザイン損害保険株式会社の竹内隆氏が登壇。同社の新規事業に対するスタンスや副業人材活用術を紹介しつつ、lotsful代表の田中みどりも加わり、VUCA時代を生き抜くための事業創出のヒントを探していきました。
――本記事では、様々な意見が交わされたセミナーの模様をダイジェストでお届けします。
新規事業に取り組み始めたキッカケ
立大・田中氏
本日はモデレーターとして、色々と聞きたいことを質問していきたいと思います。まずは、お二人が新規事業を始めたきっかけ、経緯などを教えてください。
lotsful・田中
初めて新規事業に関わったのが2016年で、自分の原体験をサービスに落とし込む喜びを知りました。一方、業務を通して大手企業にいる熱量も愛社精神も持っている方が、キャリアに飢えている姿も多く見てきました。その解決策の一つになればと、今の副業サービスであるlotsfulを立ち上げました。
イーデザイン損保・竹内氏
当社は、東京海上グループの新規事業として生まれ、ネット損保というビジネスモデルがメインとなります。設立当初からすでにコンペティターが数多くいて、それらに追いつけ追い越せで、ビジネスを展開していました。しかし、ネット損保業界全体が安さや割引を訴求するプロモーション合戦を続けたことにより同質化してきました。お客様の価値基準を変えるべく、新しいネット損保の形を作るため、ここ1、2年の間で新規事業にチャレンジするようになりました。
立大・田中氏
イーデザイン損保さんの新規事業は、社長直下で様々なことを進めていると伺いました。
イーデザイン損保・竹内氏
その通りです。社長のリーダーシップのもと、従来のやり方も変えて、パーパスドリブンで取り組んでいます。
立大・田中氏
竹内さんがいる部署(CX推進部)については、新規事業の専門という位置付けですか。
イーデザイン損保・竹内氏
最初は既存事業の自動車保険に関する顧客体験を磨き上げるための部門だったのですが、新商品を作るにあたりDXを推進することに。さらにそこから新しいビジネスに取り組んでいくため、「深化」と「探索」の両方を進めています。
副業人材だけで新規事業を立ち上げる
立大・田中氏
新規事業と既存事業を兼務すると、成果が出しやすい既存事業に注力してしまうケースがあります。その辺については、竹内さんの部署は大変なのでは?
イーデザイン損保・竹内氏
まさにそのジレンマにぶつかっています。既存のお客様が70万人いますので、その方々の満足を保ちつつ、新しい軸でお客様に選ばれるサービスづくりにも挑戦していかなくてはならない。この両輪は非常に大変ですね。
立大・田中氏
「深化」と「探索」というお話がありましたが、一人の社員で両方を任せるのは大変ですね。
イーデザイン損保・竹内氏
そうですね。今回lotsfulの副業サービスを私たちが利用したのは、そういった課題を解決するためでもありました。社員だけだと自動車保険に磨きをかけることに注力してしまいます。本当に新しいものを作るには、私たちが無意識に持っている「保険」という殻を破る必要を感じていました。そこで、外部人材である副業人材を活用しながら、新規事業を立ち上げようと考えました。
立大・田中氏
イーデザイン損保さんが新規事業立ち上げの際に、副業人材を活用したと。
イーデザイン損保・竹内氏
はい。社員の場合、どうしても保険によってどう収益を上げるか。その軸でサービスを考えてしまいます。私たちはR&D的な役割もグループ内で担っていますので、保険の枠を超えて、お客様視点で新規事業を考えることに挑戦しました。取り組みを成功させるため、社外の人間である副業人材にジョインしてもらいました。
立大・田中氏
社員を異動させるでもなく、社外の人間を中途採用するでもなく、副業人材に新規事業を任せたと。この取り組みは新しいですね。あまり聞いたことがありません。どれくらいの期間で進めましたか。
イーデザイン損保・竹内氏
10ヶ月間のプロジェクトです。社員はほとんど関わっておらず、入ったのは私だけですね。副業人材と当社の協力会社に入ってもらい、まずはブレストを行いました。そこから5名ほどの副業人材を活用しながら、2ヶ月くらいでフェーズを切り、新規事業を形にしていきました。
lotsful・田中
外部人材だけで新規事業を立ち上げるのは、前代未聞だと思います。
イーデザイン損保・竹内氏
後日、副業人材から「こんな無茶ぶりなプロジェクトある?」と言われましたね(笑)。
立大・田中氏
外部の直感的なアイデアは面白さがありますが、逆に難しい部分もあるのでは?社員ではないので、会社の方向性を十分理解できてないでしょうし、どこまでコミットできるのか。マネジメントに工夫がいると思います。
イーデザイン損保・竹内氏
業界の知見がない人に、新規事業を考えてもらうのがコンセプトだったので、あえてそこは説明せず、バイアスをかけないように進めていきました。ただ、オリエンテーションで丁寧に話したことが一つあります。それは、私たちが保険業界のニュースタンダードを作っていくという、会社のビジョンです。ここに共感しながら、コミットできるか。そこがブレないようにサポートしました。それが私の唯一の役目でしたね。
ミッション・ビジョン・バリューを策定し、意思決定の基準を可視化
立大・田中氏
副業人材にエンゲージメント高く事業にコミットしてもらうのは、社員以上に難しいと思います。
イーデザイン損保・竹内氏
副業人材は限られた時間で、結果を出さなくてはなりません。そこで月に一回、社長とのディスカッションの場を設け、副業人材に私たちが実現したいことを伝えていきました。経営層との距離が近いのは当社の特徴でもあります。スピーディーに意思決定しながらプロジェクトを前進させることで、副業人材のコミット力を引き出せるようにしました。
また、副業人材に裁量を与え、信じることで、お互いの信頼関係も構築できました。「こんな風にどんどん決まっていいのか?」と、副業人材が驚くほどのスピード感でしたね。
立大・田中氏
大企業ですと、新しいことをやろうとしても意思決定のスピードが出ない場合があります。
イーデザイン損保・竹内氏
この1年で当社のミッション・ビジョン・バリューを一新し、何をやるにしてもこれを軸にして考えるようにしました。これは社外の人でも関係ありません。アイデアを考える際に、迷ったらこのミッション・ビジョン・バリューに立ち返るようにしたのです。
立大・田中氏
新たなミッション・ビジョン・バリューを策定することで、意思決定の基準を「見える化」したのですね。
イーデザイン損保・竹内氏
全ての意思決定に関する基準はミッション・ビジョン・バリューにあるので、ここからブレていなければ、ひっくり返ることはありません。
立大・田中氏
副業チームがしっかりコミットしてプロジェクトを推進するためにマネジメントが取り組むべきことについて、田中さんはどのようにお考えですか?
lotsful・田中
副業人材を採用する前(面談の際など)に、企業が大切にしていることをしっかりと伝えるべきですね。それに共感してもらえなければ、コミット力は引き出せないでしょう。一方で、実現させたいことは伝えつつも、そのやり方は副業人材に任せるのがいいと思います。情報はしっかりと共有しつつ、副業人材の考える方法で進めてもらうイメージです。
立大・田中氏
副業人材に裁量を持たせれば、彼らも創造性を働かせながら取り組んでくれますね。ちなみに、最近はどのような案件が、副業人材から人気ですか。
lotsful・田中
領域と業務フェーズのどちらかで、選ばれる傾向にあります。領域ですと地域の仕事、自治体案件は応募が多くあります。ライフスタイルや食といった身近にあるビジネス、自身が興味を持てる案件も人気ですね。業務フェーズですと、企画フェーズから携われるものや組織・体制を作り上げる仕事は人気です。大企業に所属していると制度がもとから整っているので、次は0から作る経験したいと思う方が多いようです。
新規事業に失敗した社員のセカンドキャリアを考えるべき
lotsful・田中
ここからは、視聴者の質問に答えていきたいと思います。「先陣を切って新規事業を進める人材を育成するには、どうしたらよいでしょうか?」と質問がきています。
立大・田中氏
これはいくつもポイントがあると思います。まず、新規事業を社内起案制度で募集しても、大体は盛り上がらなくなっていきます。目新しくて、最初は手を挙げる社員がいても、段々と萎んでいく。そうすると、経営層は「うちにはイノベーターがいない」と判断し、外から人を集めるようになります。ここで大事なポイントは、「社員はなぜ新規事業に手を挙げないのか」ということです。
アイデアが全く浮かばない社員もいるでしょう。また、本業の経験から新しいアイデアの種を持っていたとしても、「面倒だから本業だけでいいや」と、手を挙げない社員もいます。実は、後者の方が、数は多くいるのです。なぜ、新規事業に手を挙げない社員が増えてしまうのか。それは、新規事業に関わる苦労が分かっている上に、会社のサポートが見込めないと判断しているからです。
もし、自社は新規事業に関する制度が整っていると考えているなら、そうした方に聞きたいことがあります。それは、新規事業に失敗した社員のセカンドキャリアを、ちゃんと考えているかです。大多数の社員は、そういった部分を見ているのです。「先陣を切って新規事業に取り組んだあの先輩社員、華々しく散った後、姿が見えなくなった…」と、そんな事例を目の当たりにしたら、躊躇するのは当たり前です。
サイバーエージェントさんはその辺りを、うまくコントロールしています。新規事業が成功しなくても、挑戦した人に下駄を履かせ、栄転できる仕組みを作り上げました。キャリアの成功事例が多ければ、挑戦した方が得だと社員は考えるようになるのです。こうした部分は、まだまだ科学する余地がありますね。
イーデザイン損保・竹内氏
「20%ルール」のように、余力がある中で挑戦できる制度もいいかもしれません。
lotsful・田中
やはり、チャレンジしたいと思える制度づくりが大切ですね。
立大・田中氏
「社員が副業人材とどう向き合うべきか、ポイントなどあれば教えてください」という質問もきています。
lotsful・田中
業務を切り出してパスするのも、スキルが必要です。最低でも3つ、副業人材に業務を依頼する前に、明確にしておくことがあります。「①現状の課題」、「②いつまでにどのような状態にしたいか」、「③だから何を任せたいのか」の3つになります。もし、そうしたことが苦手であれば、社内の得意な人に任せて、その人のやり方を学ぶことから始めてもいいかもしれません。
立大・田中氏
竹内さんの場合は、副業人材をほとんど管理せず、彼らが自分たちでチームを作りながら自走していきました。
イーデザイン損保・竹内氏
副業人材の皆さんだけで自走できるかは不安だったので、採用する際は協調性を重視しました。そのおかげか、お互いをリスペクトしながら、業務を進められる副業人材を集めることができました。チームのリーダーになる人もこちら側で指名したのですが、その方もしっかりと役割を果たしてくれました。本当にいい人に集まっていただけて、成功の秘訣といえば協調性を重視したことくらいですね。
立大・田中氏
そうは言っても、副業人材を管理するという部分を手放したのは凄い。状況が見えないのは、活用する会社側は怖いですから。彼らがコミットしてくれると信じて、あえてマネジメントをしない。これも立派なマネジメントスキルですね。では、最後にまとめをお願いします。
イーデザイン損保・竹内氏
素晴らしいメンバーに恵まれながら、今も試行錯誤しながら色々と挑戦している最中です。副業人材を信じて任せることを貫いたのが、成功体験に繋がったのではと思っています。
lotsful・田中
正解は企業によってちがうので、試しながら見つけていくのも重要です。なので、私たちlotsfulも、企業や課題にあったそれぞれの最適なやり方を見つけていく支援を続けていきたいと思います。
(編集・取材・文:眞田幸剛)
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